無政府資本主義を誤解していることにも、やっと気が付け


1992年9月、マリー・ロスバード、「大統領を刺すギャング」

 Murray Rothbard

アメリカ文化とアメリカ政治に大きな影響と力を持っている、
長生きな極めて重要な利益団体たちが存在している。

アメリカ政治における最も重要な、そのような利益団体が、
「ロックフェラー世界帝国」であり、半世紀の間、そうだった。
すなわち、ロックフェラー財閥と彼らの同盟者たちによって、
第二次世界大戦以来、率いられている企業と金融の東部エスタブリッシュメントである。

ロックフェラーたちが欲しているものは、彼ら自身と彼らの同盟者たちによって運営される、
世界の経済的それゆえに政治的な政府である。
彼らに補助金と特権を与え、消費者の「購買力」を広げるケインズ主義のインフレ施策、
特に、ロックフェラー志向の輸出に補助金を与える大規模な対外援助、
いわんや、それらの輸出会社たちと彼らの製品を買う第三世界の政府たちに資金を出す、
友好的な銀行家たちによって支えられた、国家によってカルテル化された資本主義である。
加えて、もちろん、アメリカの外交政策は、石油のために戦わなければならない。
石油資源と投資のためにだ。
そして、ロックフェラーの指針に従って、石油価格を統制しなければならない。
格別な夢が、ロックフェラーの欲望に従って、
合衆国によって運営される「ニュー・ワールド・オーダー」である。
ロックフェラーの専門知識によって支配される形で、
世界経済をインフレする世界準備銀行は、もちろんのこと。
国内的には、ロックフェラー財閥は、
彼らの目的全部に同盟すべく動員される、広がる福祉国家を欲している。
このすべてが、今、「啓明な」もしくは「穏健な」国際主義と呼ばれている。
そして、福祉国家への献身的愛情。
すべて、知識層に愛されている
ロックフェラーに同盟する免税財団と組織の援助金によって買収された者たちに。

だから、特に、第二次世界大戦以来の、アメリカ政治を解明する第一の手掛かりは、
ロックフェラー家によって率いられている東部エスタブリッシュメントを見ることである。
ロックフェラー運営の外交問題評議会(CFR)
(第二次世界大戦後にモルガン支配から引き継がれた)が、大きくなりすぎ扱いにくくなって以来、
それが、1973年に、デイヴィッド・ロックフェラーの新しく小さなエリートの、
しっかり管理された三極委員会によって補完されたことは、よく知られている。

アメリカ人たちは、華美とサーカスによって、そして、
腐敗したエスタブリッシュメントの政治学者たちによって、
政党が極めて重要なのだと信じるよう、それを根拠に政治と統治を分析するよう、慣らされている。
政党たちの重要性の喪失は、現今、概して認められているが、
アメリカ人たちが理解していないことは、政党たちは、19世紀以来、
イデオロギーや論点を決める際に重要でなくなってしまっていることだ。

パワー・エリートたち、我々が分析してきた極めて重要な特別利益団体たちが、
党の名札に何の感情的な愛着も持っていないということが、我々は、確実だと安心できる。
共和党? 民主党? 誰が気にするものか、それらが、「正しい」人たちの管理下にある限り。
____ にとって何が良いのか、これが、何より優先する考慮であり、
これらのパワー・エリートの団体たちのどれかで、空欄を埋めることが出来るのだ。


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1991年10月15日、ジェイ・ロックフェラー、Pat Buchanan Roast

 

パットが、大統領に立候補するって話があって、
もしも、彼が、そうするのなら、私は、とても支えるよと。
しかし、彼は、大統領に立候補する人たちの貼り札を振らなきゃいけない。
自分は、金持ちたちのための道具だぞって。
私は、個人的に、それが、とても好きです。
私の父が、このシステムは、そう作用すべく作られているんだと教えてくれました。
私は、パットが、すぐに来ると思う。
彼は、すぐに三極委員会で地位に就くと思う。
もしも、彼が、それ以上に約束を示せば、ビルダーバーグがある。
世界を支配するんだ、パット。
その他のことには何も甘んじるな。
ところで、パット、チェース・マンハッタンには預金しているかい?


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1993年10月、マリー・ロスバード、「ストップ、NAFTA(北米自由貿易協定)!」

 Murray Rothbard

エスタブリッシュメントたちが望んでいるものは、政府監督の政府協議の貿易である。
それは、重商主義であって、自由貿易ではない。
望んでいるものは、意思決定をアメリカ人たちの手から取り上げて、
超政府たちの手中に収めるための国際主義の超政府の組織もである。

どんな関税が減らされようと、地域的そして最終的に世界的な、
超政府への行進によって、相殺どころではないのだ。
それが、NAFTAと今日の世界における同様の条約すべての本質である。

これは、あからさまな社会主義よりも悪い。
それは、自由(フリーダム)と自由市場の綺麗ななりをした、
国際主義の社会主義の偽装なのだから。


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1994年9月14日、デイヴィッド・ロックフェラー、国連大使晩餐会

 

その時(Agenda 21)の焦点が、持続可能な成長とグローバルな発展についてでした。
その会議で指摘されたのが、成長は、民間部門によって最も能率的に管理されるが、
国民政府たちと国際機関たちによって、その過程を規制することも、必要であると。
そして、やはり、国連が、その過程の触媒たち調整者たちのうちの一つになれることは、
確かであります。

しかし、加えて、経済成長を刺激し促進する、妨げられない国際貿易の重要性を考えますと、
欧州経済共同体や、NAFTA(北米自由貿易協定)や、APEC(アジア太平洋経済協力)や、
最も重要な、GATT(関税および貿易に関する一般協定)、
今は、WTO(世界貿易機関)として知られていますが、そうした、より新しい経済主体たちが、
おそらく、持続可能な発展を確かなものとするうえで、最適であり、大きな役割を果たすでしょう。


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1995年、ロン・ポール、「マリー・N・ロスバードを追悼して」

 Ron Paul

アメリカは、その最も偉大な者たちの一人、
自由(フリーダム)の運動の最大のヒーローたちの一人、
マリー・N・ロスバードを失いました。
マリーは、彼の個人的模範は言うまでもなく、
25の本と何千の記事で、鼓舞する人でした。

マリーは、世界クラスの経済学者であり、
何千の生徒たちに影響を与えました。
私が、その一人でした。
彼が、私に経済学と自由(リバティー)について教え、
戦争、インフレ、大きな政府に反対する私の政治の仕事を励ましました。

私は、何年もの間、マリーを読んでいましたが、
1979年まで、彼に会ったことはありませんでした。
私は、彼に手紙を書いて、彼が、返事を書いてくれました。
私は、「獣の腹」、合衆国議会に、彼を招待しました。
私は、彼が、優れた知性を持っていることは知っていましたが、
私が発見したのは、尊大な教授ではなく、喜びに満ちたリバタリアンでした。
これまでに私が会った最も魅力的な人間たちの一人でした。

私は、この地に足がついた天才と話をするのが好きでした。
そして、彼は、私に、自分の本を読むだけで無く、
それを投票と立法における指針として用いる議員に会うのが、楽しいと語りました。
親密で変わらぬ友情は、その結果であり、難しくありませんでした。
マリーは、最も優しい、最も笑わせる、最も寛大な人でした。

私が、彼の早すぎる死の数日前、マリーと最後に話をした時、
彼は、私に、再び議員に立候補するよう強く勧めました。
ワシントンD.C.で、国家統制主義に、断固として反対する者の声が、
我々の側に必要であると、彼は言いました。


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1997年2月25日、ロン・ポール、下院本会議場

 

過去60年間にわたって遂行された手法が、富と繁栄の真の源として、
労働、生産、貯蓄、投資に取って代わることは出来ません。
政府は、富を生産することが出来ません。

さらなる同じものは、生産性と貯蓄の問題を扱うことが出来ません。
良い経済政策と健全な政治理論のみが、それを扱うことが出来ます。

株主たちは、膨らまされた株価で利益を得ましたが、
配当に関心を持つ個人たちは、今、2%以下という歴史的に低い見返りを受け取っています。
こんにちの株式と債券の市場評価は、健康な資本主義社会を反映したものではなく、
政府の借り入れと連邦準備制度の信用創造システムによって資金供給される、
福祉国家に付きものの過剰を反映しています。
福祉に資金供給するために通貨を減価することから来る、
避けられざる中産階級の下降が、すでに、ここにあるという証拠は、容易に手に入ります。

大きな政策変更なしに、この傾向の逆転を期待する理由はありません。

福祉国家を支えている原理が、疑われなければなりません。
そこに達しなければ、福祉の終焉を何十年もくすぶらせて、
さらに多くのアメリカ人たちに、さらなる貧困をもたらします。
そうした状況下では、政府の役割と規模が、成長し続けます。

政府に対する哲学上の接近でない、手法上の工夫は、
たとえ良き意図であっても、問題を解決しません。

今世紀(20世紀)に失われた最も重要な基準の一つが、自由(リバティー)の基準でした。
自由(リバティー)は、経済的と個人的という分かれた二つの要素から成っているのだと、
受け入れたことが、私たちのシステムに対して、計り知れない害を為しました。

自由意思による経済取引は、法の下で、
個人的、社会的、宗教的な結社と同じ保護を受けるに値すると、
提言することが、今や、奇妙なことなのです。
この経済的と個人的な自由(リバティー)の間の分離は、
もしも、私たちが、自由社会の立場を強く支持するつもりならば、
和解されなければなりません。

福祉の倫理が、労働の倫理に取って代わりました。
これが、アメリカ企業体、アメリカ中産階級、貧しい者たちに適用されます。
もう一度、強い経済成長とアメリカ人たち皆にとって上がる生活水準を持つには、
労働、貯蓄、投資の尊重、そして、政府の妨害無しが、要求されます。

中央集権化と絶えず政府の役割を拡大することは、
大勢の官僚たちと課税当局を必要とし、その上に警察国家が栄えます。

福祉主義を促進する哲学から生じている外交政策は、
軍国主義の一つであり、外国への干渉主義です。
憲法は、他の国々の内政を形作り、世界中の紛争すべてに関与するための、
軍隊の使用を許していません。
武器産業を創り出し、国際販売に補助金を与えることは、
福祉の形態であるだけでなく、国防を提供するという概念全体を歪めます。

国際主義への行進が、一方的、多国的、両方の対外援助の使用を是認しています。
今や、私たちは、ニュー・ワールド・オーダー(新世界秩序)が立ち上がる三本足、
すなわち、世界銀行、IMF(国際通貨基金)、そして、新しく創られた世界貿易機関に、
二党の合意を見いだしています。
単一世界政府を熱心に求めている20世紀の国際主義者たちの夢に向かって、
私たちが突進していると、多くの者たちが信じています。



政府の役割において、哲学上の根本的変化が無ければ、
私たちは、自由(リバティー)にとって好ましくない、
そして、私たちの繁栄にとって有害な進路をたどり続けます。
国内と対外の赤字が、増え続けます。
GATT(関税・貿易に関する一般協定)とWTO(世界貿易機関)が、
貿易闘争における特別代理機関として、自分たちの役割を拡大して、
貿易戦争が、それに続いて起きます。
インフレが加速し、アメリカ人たち皆の生活水準が下がります。
私たち皆が今感じている穏やかな軋轢が広まり、
政治的不満は、消え去ることがありません。

縮小していく経済的パイの分割が、優雅と寛容で行われることはありません。
ハゲワシたちは、ますます攻撃的になり、自由市場資本主義の死骸が、
福祉主義と軍国主義の抑制無き要求に取って代わられて、
有能なロビイストたちが、必需品になります。
議会を引き込んでいる従来の倫理問題が、悪化します。
私たちは、強制力による福祉の再分配という真の倫理問題を無視しながら。

たくさんの良き意図が、私たちを私たちの破産まで連れてきましたが、
さらなる良き意図が、政府の詐欺的で不道徳な原理を隠すことは出来ません。
福祉国家が崩壊する時に、何を行うべきなのかという問いに、
もしも、私たちが、答えるつもりがあるならば、
福祉主義の攻撃的な本質が、ありのまま暴露されなければなりません。
税法を通して行えば、盗みは善行なのだと主張することが、
こんにちの差し迫る危機に私たちを連れてきたのです。
福祉の本質について、より明快な道徳上の理解が、浮上しなければなりません。

悪い思想は、良き意図によって価値あるものに出来はしないのです。
干渉主義という実用主義(プラグマティズム)は、
憲法が私たちに与える法の支配に取って代わることは出来ません。
この文書に浸透している、政府権力の制限が、もう一度、尊重されなければなりません。

単純に言えば、政府は、議会の立法を通してすら、
道徳上、盗む権利を持っていないのです。

暴力に対して自らを守る市民たちの権利を攻撃しながら、
政府の暴力と強制的な富の再分配を容認する社会は、まさにその本質から、
生活様式として、権威主義(政府が命令する主義)を受け入れなければなりません。
それは、望まれない過酷な暴力を大規模にもたらします。
暴力の使用が、政府の適切な機能として受け入れられているからです。
悲劇的なことに、唯一の防衛は、最終的に、
人々が、自分たち自身の力で、それに立ち向かうことになります。

 

政治の目的は、単純ですが深遠です。
権威主義(政府が命令する主義)を望まないなら、
それは、自由(リバティー)を達成することです。
なぜ、私たちは、自由(リバティー)を持つべきなのでしょうか?
個人の自由(リバティー)を尊重する社会は、
私たちが行うあらゆることにおける進歩を人類が達成する最良の希望を認めるのです。
優秀、美徳、幸福、精神的幸福、経済的安定、心の満足が、
自由社会でのみ利用できる自発的な手段を通して最良に成し遂げられます。

自由(リバティー)を回復し、税金を廃止し、
私たちの創造的エネルギーを大きな政府の官僚たちの鎖から解き放ち、
自分たちの稼ぎを保持するのを人々に許すことが、
人間には未知の繁栄と安全を保証するのです。
自尊心と国民の誇りが、それに続くでしょう。

 

現状(ステイタス・クオー)によって建造され、私たちに提供されたものではなく、
20世紀への自由の橋(リバティー・ブリッジ)こそ、使ってもらいたいと、私の願う橋です。
私は、他の多くの者たちと共に、自由の橋の建造のために働く計画でいます。


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2002年、ディヴィッド・ロックフェラー、「Memoirs」

 David Rockefeller

我々が、アメリカの最良の利益に反する活動をしている、
秘密の陰謀団の一部であると信じている者たちすらいる。
私の家族と私を、「国際主義者」と特徴付けて、
さらに統合されたグローバルな政治と経済の構造、
いうなれば、ワン・ワールド(ひとつの世界)を築くために、
世界中で他の者たちと共謀していると。
もしも、それが、訴えであるなら、私は、有罪である。
そして、私は、そのことを誇りに思う。





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2005年6月6日、ロン・ポール、週刊コラム「CAFTAは、増える官僚機構、減る自由貿易」

 Ron Paul

CAFTAとして知られる中央アメリカ自由貿易協定が、
この夏、ワシントンで、激しい政治論争の源になるだろう。

私が、CAFTAに反対するのは、とても単純な理由のためだ。
それは、憲法に反している。
憲法は、明確に、国際的な貿易を規制する権限を議会にのみ与えている。
第一条第八節第三項の平易な文章は、論争の余地が無い。
議会も大統領も、条約によって、この権限を与えてしまうことが出来ないのは、
彼らが、条約によって、修正第一条(言論の自由)を廃止できないのと同じである。
憲法の平易な意味に基づいている、この基本的な点は、強調しきれない。
CAFTAに賛成投票する議員たちは、ことごとく、
憲法に直接違反して、国際機関に権限を明け渡すことに投票するのだ。

我々は、自由貿易を持つのに、政府の協定は必要ないのである。
我々は、他の国々が行うことには関係なく、
ただ、アメリカ国民に対する税金を下げるか取り除く必要があるだけだ。
覚えておかれよ、関税は、単純に、消費者たちに対する税金である。
アメリカ人たちは、常に、外国から品物を買ってきた。
唯一の問いは、そうするのに、いくら、政府が、我々に税金を掛けるのかだ。
経済学者のヘンリー・ハズリットが説明したように、
関税は、単に、消費者たちを犠牲にして、
政治的に優遇された特別利益団体たちを保護しているだけだ。
全体として、経済を横断して、賃金を下げながらである。
ハズリット、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス、フリードリヒ・ハイエク、マリー・ロスバード、
無数の他の経済学者たちが、関税に関するあらゆる誤信を粉砕してきた。
一方的に関税を廃止することが、アメリカ国民を益することを決定的に証明して。
我々は、CAFTAの支持者たちが約束する経済的利益を収めるのに、
CAFTAや他のいかなる国際協定も必要としない。
我々は、我々自身の有害な経済政策と税金政策を変える必要があるだけだ。
世界の他の国々が、関税で自国民を害したければ、そうさせよ。
我々は、単に、自国で関税と税金を削減するだけで、
資本を引き寄せ、我々の経済繁栄を見るのである。

CAFTAと他の貿易協定が、アメリカの主権を減じないと信じることは、馬鹿げている。
我々が、アメリカの貿易規則について決定を行う権限を、準政府の国際機関たちに与える時、
我々が、主権を失うことは、単純明白である。
世界貿易機関が、我々の規則が欧州連合に不公平な影響を与えたと判決を下したという、
ただそれだけの理由のために、議会が、アメリカの税法を変えたということを、
私は、直接体験によって、あなたに請け合うことが出来る。
何百の税金法案が、下院歳入委員会で難渋しているが、
まったくWTO(世界貿易機関)を満足させるために起草された一つの法案が、
昨年、大きな緊急性をもって、本会議場に持ち出されて、可決されたのだ。

問題の税金法案は、氷山の一角にすぎない。
CAFTAの下で創り出された準司法体制が、
将来、アメリカの法律を変えるよう我々の臆病な議会に強いる同じ権力を持つのだ。
労働と環境の規則が、貿易の法律に元から関連している。
そして、京都議定書や似たような協定をアメリカ国民に押しつけるグローバリストたちに、
CAFTAが、さらにもう一つの手段を提供すると、我々は確信できる。
CAFTAは、カール・マルクスなら書けたであろう、国際労働機関の宣言書も、
アメリカの企業に押しつけるのである。
私は、CAFTAを支持している保守主義者やリバタリアンには、
皆、ILO(国際労働機関)の宣言を読むよう、そして、
それでも、この条約が、さらにアメリカを自由にすると信じるのか、考えるよう奨励する。

CAFTAは、さらなる政府を意味しているのだ!
これは、国連、NAFTA、WTOと同様に、グローバルな政府システムの土台の、
もう一つの礎石を表しているのである。
ほとんどのアメリカ人たちは、自分たちが、
ワシントンにいる大部分わけの分からない勢力によって、
統治されていることを、すでに理解している。
そのうえ、今、ブリュッセル、チューリッヒ、
メキシコ・シティーにいる官僚たちに影響された、
自分たちの国内法を持つことに直面している。

CAFTAと他の国際貿易協定は、自由貿易を表していない。
自由貿易は、品物の流れに対する政府の干渉が不在の時に起こるのである。
一方、CAFTAは、国際機関の形での、さらなる政府を表している。
それは、我々の憲法および国家主権とは、相容れない。
我々は、国際貿易からの恩恵を受けるのに、これを必要としない。





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2005年7月27日、ロン・ポール、下院本会議場

 Ron Paul

私は、この法案(DR-CAFTA施行法)に強く反対です。
多くの議員たちが知っているように、
私が、下院で、しばしば、反対票を投じるのは、
私が、とても厳格な規則を持っているからです。
その規則とは、私が、権限は、(憲法)第一章第八節を見ることです。
第一条第八節は、私たち(議会)が権限を持っている、とても正確な項目を与えます。
一つが、外国との貿易です。
私たち、議会だけが、外国との貿易を規制する権限を持っています。

この法案は、その憲法の条項に違反します。
私たちは、議会として、過去数年間にわたって、憲法に反することを行ってきました。
その権限を、まず、大統領に、それから、国際官僚機関に譲渡して。
それは、間違っています。
これは、実際には役立ちません。
これは、有益なものではありません。
これは、憲法に反しています。
これは、我が国の主権に対する脅威です。

議員たちは、これは、我が国の主権に対する脅威ではないと。
そして、我々は、彼らが我々に行えと告げるものには、拒否権を行使できるのだと、
言っていますが、これは、そんなふうにはなりません。
この見せかけのように、もしも、私たちが、自由貿易に関心があったなら、
小さな一段落で、自由貿易を始めることが出来たのです。
この法案は、1000ページ以上であり、自由貿易は、口実でしかありません。

 

私は、自由貿易を信じていますが、これは、自由貿易ではありません。
これは、特別利益団体たちの利益のために規制された管理貿易です。
だから、私は、これに反対なのです。


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2008年6月12日、ロン・ポール、フリーダム・ラリー(自由の集会)

 

私たちは、国連に入る必要がありません。
私たちに、IMF(国際通貨基金)は必要ありません。
私たちに、世界銀行は必要ありません。
私たちに、WTO(世界貿易機関)は必要ありません。
私たちに、NAFTA(北米自由貿易協定)もCAFTA(中米自由貿易協定)も必要ありません。
私たちには、そういう施策は、必要ないのです。


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2009年1月20日、ジェイ・ロックフェラー、大統領就任宣誓式




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2013年1月26日、ロン・ポール、ミーゼスの集い

 

彼らは、ワシントンで、たくさん、党派的振る舞いがあるんだと、主張します。
テレビを付けてみれば、たくさん、党派的振る舞いがあります。
彼らが、大声あげて、叫んで、騒ぎ立てて、
いきり立って、金切り声を出して、どなっています。
それは、すべて、やらせ、というわけではなく、本当なのです。
なぜなら、誰が権力を持つのかをめぐる議論が、常にあるからです。
マリー・ロスバードが、よく、銀行産業について書いたものです。
ロックフェラーたちが、いかに、お互いに戦っているか。
でも、連邦準備制度を支持することとなると、
彼らは、連邦準備制度を支持します。
そして、それが、ある種、いまなお、やり方なのです。
共和党と民主党が、お互いに戦いますが、
重要な論点のこととなると、あまりにも妥協、あまりにも二党主義があるのです。
私たちが、こんな、めちゃくちゃになったのは、その二党主義ゆえです。

両側が、連邦準備制度を支持しています。
両側が、軍産複合体を支持しています。
両側が、福祉国家を支持しています。
それゆえに、議論は、とても表面的で、逸らせるものです。
この前の選挙の間、二人に絞られた後、
銀行家たちと軍産複合体が、実際、そんなに心配していたと思われますか?
どちらかが勝てば、大きな違いがあったと?
私は、何も違いは無かっただろうと思っています。
しかし、この競争の太鼓を叩く、このファンファーレ全体が、やはりあります。
しかし、代わりの選択肢が存在するということを、
人々に必ず知らせることが、私たちの重要な仕事だと思います。
私たちは、あのシステムの一部ではないと。
そして、それが、起こっていることだと思います。
何か、とても特別な理由で、皆さん方だけでなく、大学のキャンパスにいる、これら若者たち。

これらの思想に開かれていて、今、勉強しています。
私が、ある種、まごつくのが、若者たちが、私のところに来る時。
実際、今日、誰かが、私のところに来て言いました。
自分は、14歳の時に、あなたゆえに、これを読み始めたと。
人々が、ワシントンで、私の事務所にやって来て言うのです。
自分は、13歳の時に、マリー・ロスバードを読み始めたと。
彼らが、今、それを読んでいるのです。
もしも、ヴィクトル・ユーゴーが言ったことが、本当なら、
それは、思想が、その結果を持つということだと、私は思っていますが、
つかみは、上々ですよ、私に言わせれば。
うまく行っていると思います。

そして、大勢の人々が、称賛に値します。
人々の頭(マインド)を変えているのは、
時に、それは、家族、友人、隣人に話している方、
時に、それは、特定の学校にいる教師、
時に、それは、ミーゼス研究所のような組織や団体です。
それが、起こっていたことです。
私は、この人数の成長に感動します。

それには、二つ理由があると思います。
インターネットと若者たちについて、私は、たくさん話してきましたが、
もう一つ、これが起こっている理由があると思います。
それは、私たちが、物事の状況の、どこにいるのかに関わっています。
20世紀の証拠は、とても圧倒的です。
それは、もはや無視できません。
社会主義の圧倒的な失敗、
このマルクスとレーニンが提案したような共産主義の、圧倒的な、文字通り、清算です。
それは、死んだということです。
私たちは、彼らと戦う必要がありませんでした。
私たちは、軍隊で行く必要がありませんでした。
私たちは、思想と彼らの失敗で行きました。
ですから、それは、私たちの思想の広まりですが、彼らの思想の失敗でもあると思います。
私は、それが、起こっていることだと思います。

私たちは、皆、バスティアの政策についての話を知っています。
あなたや私が行ってはならないことを、政府は、行ってはいけないと。
私たちが、再分配、盗み、強奪を行ってはならないなら、政府は、それを行ってはいけないと。
私たちが、偽金作りしてはならないなら、政府は、偽金作りしてはいけないと。
私たちが、暴力を用いることが許されていないなら、
政府は、暴力を用いることを許されてはいけないと。
これが、過激な考えなのか分かりませんが、逆にすることも出来ます。
政府が、私たちに対して行う権利を持っていると考えているものは、
なんでも、私たちは、彼らに対して行う権利を持っていると考えるべきであると。

さて、もしも、政府が、私たちに対して嘘をついているなら、
私たちは、政府に対して嘘をつく権利を持っていると言うのは、
そんなに過激なことでしょうか?
家に、銃を持っているのか?
どれだけの銃を持っているのか?
家に、金(ゴールド)を持っているのか?
家に、どれだけの金(ゴールド)を持っているのか?

私は、ともかく、これは、言い分が通っていると思います。
政府が、この国では決して意図されていなかった役割を担ってますが、
文字通り、千年間ではなくとも、何世紀の間、程度は異なれど、そのように担われてきました。
ほとんどの人々は、言います。
ああ、そういうふうになるもんだと。
そういうふうに、何千年間、政府たちは、常に、大きすぎて、
彼らが、戦争を戦い、無実の若者たちを死なせるんだと。
従って、何か異なることが起こるなんて期待できないと。
私は、とても楽観的ですから、私たちが、それを変えることが出来ると信じています。
もしくは、少なくとも、それは、必ずしも、そういうふうにしなくていいという、
この考え全体を紹介できると。

しかし、我々には、もっと、異なる思想と異なる施策を持つ者たちが、ワシントンに必要だと。
私は、そうする価値はあると思いますが、それが、この問いに対する答えになるとは思いません。
なぜなら、人々は、権力を手に入れる時、それを乱用すると思うからです。
彼らが、その立場になるために、この権力を用いることが出来るんだと、信じているなら、
そして、政府が、この権力の独占を持つべきだと、人々が考えているなら、
それは、常に乱用されると思います。
私たちは、ワシントンにいる者には、
こう告げるところまで到達しなければならないと思います。
お前は、その権限を持っていない。
お前は、我々の生活を管理する権限を持っていない。
お前は、経済を管理する権限を持っていない。
お前は、我々に課税して我々が入る必要のない戦争を戦う権限を持っていない。
その通りであるなら、我々は、お前が公職にいる必要すらない。
なぜなら、お前は、それを行う法的権利を持っていないのだからと。

それで、私は、より良い仕事をしてこなかったと、
私自身そして他の者たちを叱責します。
なぜなら、私たちは、私が心から正しい哲学であると信じている哲学を持っていて、
それは、自由(リバティー)の哲学です。
しかし、私たちは、どのように描かれていますか?
思いやりがないんだと、私たちは、軍隊のことを気に掛けていないんだと、
私たちは、非愛国的なんだと、私たちは、貧しい者たちのことを気に掛けていないんだと、
我々には、福祉、その他のもの、すべて必要なんだと。
そして、私たちは、人道主義についての議論で負けています。
私たちは、私たちの同胞に対する気遣いを持っていないのだと。

しかし、この全体は、ほとんどの人々の本性が、
人々を助けること、自分たちの家族、
それらすべての面倒を見ることを惜しまないということです。
しかし、もしも、繁栄する社会、
人々が自分たち自身の長所と美徳を促進できる社会を望むなら、
自由社会が必要なのです。
富を望むなら、自由社会が必要なのです。
そして、私たちは、ずっと、この議論に負けています。
私たちは、人々のことを気に掛けていないんだと。
だからこそ、貧しい人々が、さらなる助けを必要として、
私たちは、さらなる社会主義を得ているのです。

社会に福祉を与えたら、それを支持する共和党と民主党を得ます。
彼らは、利己的だとか非愛国的だとか、見られたり呼ばれたくないからです。

挑戦です。
私たちが、中心の答えを持っています。
私たちは、それを届ける上で改善する必要があります。
私たちが、このメッセージを広める必要があります。
しかし、事実が、世の中にあります。
他のシステムは、失敗したのです。
社会主義は、失敗しました。

社会主義が、うまく行くことはないと、ミーゼスは、1912年に提示しました。
価格操作は、悪いのです。
お金をいじくり回しています。
カルテルを持って、お金に対する独占管理を持っています。
お金は、この国における取引すべての半分です。

これは、終わります。
私たちは、大きな大きな世界的な経済危機の瀬戸際にいます。
歴史の中で、かつてないほどに大きいと、私は信じています。
なぜなら、これは、ドルの債券バブルだからです。
これは、倒壊します。
ばらばらになったものが、拾い集められます。

思想は、強力です、広がります。
それは、止めることが出来ません。
私たちが、真実を持っています。
私たちが、エネルギーを持っています。
ですから、進み続けましょう。
私たちは、正しい方向に向いているのですから。
私たちは、この国の再建に参加してきたのですから。


  


1988年7月、マリー・ロスバード、「私は、どのようにリバタリアンになったか」

 Murray Rothbard

論理的に二つしか可能性は存在しなかった。
社会主義か、アナキズムかである。
私は、社会主義者になるのは、問題外だったので、
この主張の抵抗し得ない論理に押されて、気づくと、私有財産アナキストになっていた。
もしくは、のちに私が名付けたように、アナーコ・キャピタリスト(無政府資本主義者)に。


1994年、マリー・ロスバード、「同意による国たち: 国民国家の分解」

 Murray Rothbard

この(アナーコ・キャピタリズムの)純粋なモデルは、単純に、
世界で、「公共」のままの土地領域、面積がないというものだ。
土地領域の面積は、通りであろうと、広場であろうと、近隣地であろうと、すべて私有化されている。

我々が、この純粋モデルを目指して邁進し始めて、
ますます、生活の領域と部分が、私有化されるか、ミクロ分散化されると、
投票は、重要性を減らすようになることは、明らかである。
もちろん、我々は、この目標からは、程遠い。
しかし、始めることが、そして、特に、我々の政治文化を変えることが、重要である。
「民主制」や投票する「権利」を、政治上の最高のものとして扱っている。
実際、投票過程は、合意に基づく契約から生じる、あり得る仕組みは、別にして、
せいぜい、些細で、重要でなく、決して「権利」ではないと、考えられるべきである。
現代世界では、他者を支配するために政府を用いることに加わるか承認するために、
または、それを自分自身もしくは自分のグループが支配されるのを防ぐ方法として用いるために、
民主制や投票は、重要であるにすぎない。
しかし、投票は、自己防衛のためには、せいぜい、非効率的な方法である。
そして、それは、中央政府の権力の完全解体に置き換えるほうが、遙かに良い。

要するに、もしも、我々が、その国家を、構成する国民たちと近隣の人々へと分解して、
現代の中央集権の強制的な国民国家の解体と分散を進めたら、
我々は、まったく同時に、政府権力の範囲、投票の範囲と重要性、
社会的な争いの程度を減らすことになるのだ。
私的契約と自発的な同意の範囲は、促進されて、残忍で抑圧的な国家は、
徐々に、調和的でますます繁栄する社会秩序へと溶解されるだろう。




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